モモのように

ミヒャエル・エンデの童話『モモ』の主人公モモは小さな女の子ですが、人の話を聞くのがとても上手なのです。これはあくまでお話の中のことではありますが、本来カウンセリングというのはこのように聞くことだろうと思います。

小さなモモにできたこと、それはほかでもありません、あいての話を聞くことでした。なあんだ、そんなこと、とみなさんは言うでしょうね。話を聞くなんて、だれにだってできるじゃないかって。

でも、それはまちがいです。ほんとうに話を聞くことのできる人は、めったにいないものです。そしてこの点でモモは、それこそほかには例のないすばらしい才能をもっていたのです。

(中略)

モモに話を聞いてもらっていると、どうしてよいかわからずに想いまよっていた人は、きゅうにじぶんの意志がはっきりしてきます。ひっこみ思案の人には、きゅうに目のまえがひらけ、勇気が出てきます。不幸な人、なやみのある人には、希望とあかるさがわいてきます。

たとえば、こう考えている人がいたとします。おれの人生は失敗で、なんの意味もない、おれは千万もの人間の中のケチな一人で、死んだところでこわれたつぼとおんなじだ、べつのつぼがすぐにおれの場所をふさぐだけさ、生きていようと死んでしまおうと、どうってちがいはありゃしない。

この人がモモのところに出かけていって、その考えをうちあけたとします。するとしゃべっているうちに、ふしごなことにじぶんがまちがっていたことがわかってくるのです。いや、おれはおれなんだ、世界じゅうの人間の中で、おれという人間はひとりしかいない、だからおれはおれなりに、この世の中でたいせつな存在なんだ。

こういうふうにモモは人の話が聞けたのです!

『モモ』(ミヒャエル・エンデ)より

なかなかモモのようには聞けませんが、私の目指すところはこういう聞き方、あり方です。